大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)293号 判決

上告人

四方田喜一

右訴訟代理人

中野富次男

(外二名)

被上告人

中田文吉郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中野富次郎、同木川恵章の上告理由第一について。

原判決は、被上告人が受取人四方田園子、第一裏書人四方田園子、被裏書人被上告人(第一審原告)と記載のある本件約束手形を所持している事実を確定しているのであるから、手形法七七条一項、同一六条一項により被上告人が本件手形の適法の所持人と推定されるのであるが、同条項による推定を覆すためには、上告人において、本件手形が有効な振出および裏書により被上告人の所持に帰したものでない所以を主張立証するだけでは足りず、さらに手形法一六条二項本文による手形上の権利の取得もないこと、すなわち、同条項但書により、手形取得者に右の点に関する悪意または重大な過失があつたことをも併せて主張立証しなければならないものと解する。しかるに、上告人は、前記後段についての主張を記載した昭和三六年六月一七日附準備書面を原審口頭弁論期日において陳述していないし、その他右の点について何らの主張もなしていないことは記録上明らかであるから、この点についての判断を加えることなく被上告人を本件手形の適法の所持人とした原判決に所論の違法がない。論旨は採用できない。

同第二について。

原判決の確定するところによれば、被上告人は、昭和三三年一月一一日上告人に対し金二〇〇万円を貸し付け、本件手形は、右貸付金の支払方法として振り出されたものであるところ、これよりさき、昭和三二年一二月二八日被上告人は上告人に対して有する従前の貸付金およびその利息を合算し、これを目的として貸付額九〇万円とする準消費貸借契約を締結し、右貸付金につき上告人所有の本件家屋をもつてする代物弁済契約を締結したところ、昭和三三年八月一三日被上告人は右代物弁済完結の意思表示をなして右債務を消滅せしめたというのである。代物弁済契約は、代物弁済として給付される物件の価額の如何にかかわらずそれにより債務を消滅せしめるものであるから、たとえ物件の時価が債務額を超過していても、その超過額を右当事者間に存する他の債務の弁済に充当しうべきかぎりでないことはいうまでもない。そして、上告人は、本件手形の原因債権である前記債権の成立以後、上告人被上告人間に右以外の債務が存在し、これに対し超過支払がなされたことを主張するものではないから、所論は結局採用することができないものといわなければならない。論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

上告代理人中野富次男、同木川恵章の上告理由

第一、原判決は左記の如く本件約束手形に形式上裏書の連続があつても、被上告人は自己に対する裏書が偽造であることを知つていた悪意の取得者であるので、判決に影響を及ぼすこと明かな手形法の違背あるか、又は判決の理由に齟齬があるので、破毀せらるべきである。

1 原判決は次の如く本件約束手形につき、形式被上告人に至る裏書が連続していることを認定した。即ち

原判決は「……そして、本件約束手形であること弁論の全趣旨に照し明らかな甲第一号証の一の記載によれば、右約束手形の受取人は四方田園子であつて、第一裏書は四方園子から第一審原告宛をもつてなされていることが明らかであるから、右受取人の記載はいつたん第一審原告宛をもつて振出されたが、その後振出人である第一審被告四方田喜一(上告人)においてこれを右のごとく訂正したものであることは、第一審原告の自陳するところであるけれども、右訂正後の記載によれば、右手形の形式上第一審原告に至る裏書の連続に欠けるところはないものといわなければならない。」と判示して、本件約束手形につき形式上被上告人に至る裏書の連続を認定した。

2 然るに、原判決は次の如く、被上告人に対する四方田園子の裏書が偽造であることを認定した。即ち

原判決は「……第一審被告四方田園子は、本件約束手形の同人の裏書は偽造である旨を主張するから、まず、この点について判断する。

(一) 当審及び原審における第一審原告並びに同第一審被告四方田喜一(上告人)の供述によると、右裏書の署名捺印は第一審被告四方田喜一が右約束手形の振出の際に、自ら第一審被告四方田園子の代理人として同人の印を使用してなしたものであることを認めるに十分である。第一審原告は、第一被告四方田喜一が右裏書の署名押印をなすについて第一審被告四方田園子から適法な代理権を授与されていた旨を主張するけれども、右主張事実を肯認するに足る的確な証拠は存しないから、右主張は採用できない。」と判示して、本件約束手形の被上告人に対する裏書が偽造であることを認定した。

3 更に、原判決は次の如く、上告人が四方田園子名義の被上告人宛の裏書行為をなすにつき、被上告人が其の権限ありと信すべき正当の事由がないことを認定した。即ち

原判決は「……(二)第一審原告は更に右第一審被告四方田喜一の裏書行為について表見代理を主張するところ、同人が第一審被告四方田園子の同居している実子であることは当審証人四方田和子の証言によつて明らかであるけれども、第一審被告四方田喜一が本件約束手形の原因となつた金二一〇万円の借受をなすにあたり、第一審被告四方田園子がその連帯保証の責に任ずべきことを承諾し、第一審原告との間に右連帯保証契約を締結し、その旨の公正証書を作成すべき代理権を第一審被告四方田喜一に対し授与した旨の第一審原告主張事実については、原審及び当審における第一審原告本人尋問の結果中、右主張に添うごとき供述部分は、原審における第一審被告四方田園子並びに原審及び当審における第一審被告四方田喜一の各本人尋問の結果に照してにわかに措信し難く、甲第九号証の一、二については当審における第一審原告本人の供述によつても原本の存在及び成立の真正を認めるに十分でないから、とつてもつて右主張事実肯認の資料となすことができず、他に右主張事実を認めるに足る証拠は存しない。却つて、右第一審被告両名の各本人尋問の結果に、原審及び当審における証人四方田和子の証言を併せ考えると、第一審被告四方田喜一は前記金二一〇万円の借受に際して、第一審被告四方田園子に無断で同人の印を持ち出し、第一審原告に対して同人が債務につき連帯保証することを承諾している旨を申し向けたうえ、右印を使用して同人名義の本件約束手形の裏書及び公正証書作成に関する委任状を作成したものであつて、第一審被告四方田園子は第一審被告四方田喜一に対してこのような代理権を授与したことはなく、後日原告の代理人である南正雄から支払の要求を受けるまで右事実を知らなかつたことを認めることができる。その他、第一審被告四方田喜一が同四方田園子を代理し得べきなんらかの基本代理権を有した事実を認めるに足る証拠はないから、右表見代理の主張も援用し難い。」と判示して、被上告人には上告人が四方田園子を代理して被上告人に対する裏書をなすにつき、其の権限ありと信すべき正当の事由がない旨を認定した。

4 更に、原判決は次の如く、裏書人四方田園子が上告人の無権代理行為(被上告人に対する裏書)を追認して居ないことを避定した。即ち

原判決は「……(三)第一審原告は、さらに、第一審被告四方田喜一の無権代理行為を追認した旨を主張し、原審証人南正雄は、第一審原告の代理人として第一審被告四方田園子に対して本件約束手形金の支払を請求した際、同人が右裏書の効力を承認し、その支払を約したかのごとき供述をしているけれども、右供述部分は、原審及び当審証人四方田和子の証言並びに原審における第一審被告四方田園子本人尋問の結果に照すときは、第一審被告四方田園子の右追認の事実を肯認せしめるに十分でなく、同人が第一審被告四方田喜一の親として他人に迷惑をかけることを心配し、道義的責任として弁済に尽力をすべきことを約した事実を推認させるに止まるものというべきであつて、当審における第一審原告本人の此の点に関する供述部分も右南正雄からの報告に基づくものであるから、直ちに、措信することはできない。他に右追認の事実を認めるにたる証拠は存しないから、右主張も採用に由ないものとなさざるを得ない。」と判示して、裏書人四方田園子が上告人の無権代理行為による被上告人に対する裏書を追認して居ないことを認定した。

以上の如く、原判決の認定事実によれば、本件約束手形は上告人が最初被上告人を受取人とし且裏書人を四方田園子と記載し被上告人に直接手交して振出したものであるので、裏書の連続を欠くものであつたが、後日に至り上告人が受取人を四方田園子と訂正したことにより形式上裏書は連続することゝなつたが、四方田園子は上告人に対して右裏書の代理権を授与して居ないので、上告人の四方田園子の名義による被上告人に対する右裏書は偽造であり、被上告人は上告人が四方田園子の代理人として被上告人に対して裏書をなす権限ありと信すべき正当事由なく、四方田園子は右偽造の裏書を追認していない。上告人の四方田園子名義による被上告人に対する本件約束手形の裏書が偽造であり且、被上告人が上告人を以つて四方田園子の代理人として被上告人に対する裏書をなす権限ありと信すべき正当の事由がないことを知り乍ら、被上告人が上告人より直接に本件約束手形を取得したことは即ち、被上告人が同人に対する裏書の偽造であることを知つて取得したものであるので、被上告人は悪意の取得者である。

仮りに、被上告人が上告人を以つて四方田園子の代理人として被上告人に対する裏書をなす権限ありと信すべき正当の事由がないことを知り乍ら被上告人が上告人より直接に本件約束手形を取得したことは即ち悪意の取得であるとすることができないとしても、悪意の取得と同一に取扱はるべきである。

依つて、本件約束手形が形式上被上告人に至る裏書において連続するものであつても、被上告人は自己に対する裏書が偽造であることを知つていた悪意の取得者であるので、被上告人は本件約束手形上の権利を取得せず、振出人である上告人は被上告人の請求を拒むことができる。判例も同一意見である。(大審院昭和四年(オ)第八六〇号、同年一二月二六日民一判決、判例体系二〇巻Ⅱ二六五頁)

従つて原判決は判決に影響を及ぼすこと明かな手続法の適用を誤るか又は判決の理由に齟齬があるので、破毀せらるべきものである。

第二<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例